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小林英樹ブログ

2010年9月アーカイブ

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写真は2枚連続です。

(いずれも携帯)

 

風太にとって育ての「母親」である妻が所用で1週間家を空けている。

風太は、心なしか、寂しそう。

猫も三日坊主(三日経つと忘れる)で、

今日は、いないことをすっかり忘れたわけじゃないんだろうけど、

昨日より、平常な感じ。

夕飯の後、30分くらい遊んであげたので、大分、満足。

やっぱり、真剣に向き合わないと、猫クンもだめだね。

 

ぼくがパソコンの前に座って仕事始めたら、

パソコンと本棚の隙間に入り込んできて、

ちょこんと、いたずらっ子のような顔を出し、

10分くらい自分の指や爪を噛んだり、

ぼくが指を出したら、ぼくの指を噛んだり、

パソコンのケーブルを噛んだりしていたが、

どうも、ぼくが嫌がっていないことを察知したのか、

いつの間にかすっかり寝込んじゃった。

こういった仕草がなんともかわいい。

液晶が温かいので気持ちがいいのだろうか。

 

ここが風太の新しいお気に入りの場所になるかもしれないね。

悪さをせず、安心して寝られる場所なら、ぼくも満足だし。

 

 

下の写真は、寝込んでしまった風太。

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DSC05083cc.jpgこの写真はいまの風太。

風太は涼しくなってきたからお気に入りのクッションに埋まってお休み。

朝早くから、

「ご飯がほしい」「まだ寝ているのか?」「一緒に遊ぼうよ」と寝かせてくれない。

食事が終われば、ガサゴソ、おしっこなどの始末をする音をさせ、

ぼくに満足な睡眠を与えてくれない。

そうかと思うと、人間が活動を開始すると、

安心したのか、マイペースで悠然と時間を過ごしている。

舅(しゅうと)が、嫁を起こすときの様子に似ていなくもない。

(こんな大昔の話はいまの人にはわからないかもね...)

そして、気づいたら、ひとり、うたた寝などしているのだ。

夜中、早朝目覚めているのだから仕方がないが・・・。

人間と同じサイクルで生きてくれと要求するのは、

自然界の生き物には酷ではあるので、

そのずれに悩まされながらこれからずっと共存していくのかな。

なにしろ、楽園に残った猫クンと、

そこから善悪、美醜の価値観を引っ提げて人間社会へと追放された人間様だから、

最終的に従い、学ぶべきは、自然界に残った猫クンであるだろうから、

一見、偉そうに見える人間といえども、猫クンに文句、注文は言えない。

アラーキーに刺激され、

無印のクッションに横たわり、

柔らかく、沈むクッションでなければできないようなポーズをとる風太を、

連写に近い撮り方で、30カットばかり撮らせてもらった。

(デジカメは便利だ、何しろフィルム代や現像代がいらない)

いいものばかりで、選ぶのが大変だったけど、結局これにした。

風太の「人格」や表情を含みながらも、

その向こうの神秘の世界を垣間見せてくれる目の表情。

今日は、いつもならカメラを向けるとすぐにどこかへ行ってしまうのに、

風太もチロの噂を聞いていて、意識したのかどうかわからないが、

珍しく、モデル猫クンのごとく、数分間じっとしていてくれた。

猫クンは、愛玩動物というより、家族、友人であり、ときに、師である。

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9月23日、

夕方6時10分からのNHK総合の番組を、食事しながら最後まで見た。

癌と闘う写真家荒木経惟(のぶよし)を亡き妻と愛猫を通じて描いたものだ。

いまさら、わたしごときがそれについて述べることはない。

ただ、引き込まれ、圧倒されながら画面に見入ってしまった。

妻への思いもさることながら、

チロを思い懐かしむことが生きるものすべてへの大きな愛につながり、

さらには命をはぐくむ宇宙の万物への賛美にもつながっていくのが感じられた。

この写真は、その番組のワンカット。

 

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写真集をめくっているアラーキー。

愛猫チロ、死の直前22歳の姿が写ったページがめくられていく。

老猫、くま姐さんの最後の姿が重なった。

この写真も、同じく番組のワンカット。

 

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愛するものすべてが去り、

残されたものが目をやるところ。

夕焼けは魂を静める。

写真は、同じ番組の、アラーキーの作品を紹介する画像を撮影。

DSC01529cc.jpgかわゆい赤頭巾ちゃんのふうたん

 

といっても赤頭巾ちゃんを食べようとしたオオカミならぬ猫クンの赤頭巾ちゃんかも。

いくらあんぐりと大口を開けても、オオカミの大きさにはかなわない。

オオカミには似ても似つかないとしても、

かといって、どうみても赤頭巾ちゃんには程遠い。

でも、かわいいよ。

これは、実は、ぼくのシャツの腕に顔を突っ込んでひょっこり顔をのぞかせたところ。

最近はぼくのスリッパの中にも顔を突っ込みたがる。

そのほかに、風太が好んで入りたがるもの。

ビニル袋、洗濯物、敷こうとするシーツや、畳の日焼け防止のための布きれ。

果敢に飛び込んできて邪魔してくれる。

ガサゴソ、カシャカシャ物音を立てて突っ込んでくるよ。

一見すると、手伝ってくれているみたい。

「猫の手も借りたい」という文言は、きっとこういうところから生まれたんだろうな。

人間にとってはただ邪魔されているだけだけど、

こういう邪魔のされ方は全然いやじゃないから不思議。

向こうがあまりに無邪気に楽しそうだから、

「これ!」と叱りながらも、声は喜んじゃったりする。

ビニル袋だと、

入ったところをそのまま宙にぶらさげて、揺らせながら、

「この子いらんかねー!」と家中を歩き回っても、

ジタバタせず、気持ちよさげに収まっていて、

床に置いてやっても飛び出してくることもない。

猫クンの方は知っているのか知らないのか、定かではないが、

猫クンは無邪気にさりげなくいい光景を生み出してくれるね。

PS(^。^)三日坊主とはよく言ったもので、

人間同様、風太も、今晩は天井裏に上って身を隠さなかった。

適当に忘れてくれないと困るよね。 

今日は写真なし。

所用があって二人揃って6時過ぎに戻ると、

いつもは玄関で出迎えてくれる風太が見当たらない。

「ふうたん!」「ふー!」

何度呼んでも物音一つしない。

閃いたので、

昨日の天井裏に行ってみると、

やはり、いた!!!

暗がりの奥の方で、真っ黒な目をこっちに向けて。

まだ、夕方の時間は、不安なんだね。

言葉が通じないから、言い聞かせられない。

しばらく時間がかかるのかな。

人間が日常の会話をしていると、

いつもの時間が流れているのを察してか、

気づいたら、

ぴょんと食卓に飛び乗ってきたよ。

何事もなかったかのような顔して。

家族団欒の時間が、風太は格別に好きみたい。

尻尾を、時折、しあわせそうに振っていた。

風太のさりげないが必死の意思表示の仕草。

DSC04988cc.jpg天井裏に身を隠す風太

 

一昨日夕方6時ころ、

風太はキャリーバッグに入れられ、

東山動物病院に連れて行かれた。

前回のときは、

バッグの中で鳴き、動き、盛んに出たがり、抵抗しあがいていた。

しかし、今回は、観念したか、

完全に無抵抗に徹していた。

これから始まるであろう、

ことの一部始終を思い浮かべ、

そこでいかに抵抗しもがいても

結局、自分の思うようにならないことを理解したのだろうか。

あまりに静かで「おりこうさん」な風太の気持ち、

「親」として、いや、動物同士としてあまりによくわかり、不憫に感じられた。

診察台でも、以前は、飛び降り逃げ回ったのに、

今回は、

おとなしくなされるままにしていたらしい。

(らしいというのは、ぼくは可哀想で受付で待っていて、診察室には妻しか入っていなかったからである)

鳴き声も立てず、バッグに入って出てきた風太を、

ぼくは車に運び、血液検査の結果を聞いている妻が戻るのを待っていた。

 

 

前回は、助手席の上に置いたバッグの中で暴れ、

バッグごと車の床に転げ落ちて、そこでも唸り声をあげていた。

今回は、

バッグ側面の窓越しに静かな視線を車内に注いでいた。

・・・まるで、別人!

ぼくが、呼んでも、返答もせず、つねに「平静」であった。

検査結果は(断定はできないが)まだ腎臓の機能にやや問題ありの可能性が残された。

二ヶ月後に、また血液検査をしてもらいに行くことになった。

「可哀想な風太!透析なんかさせないぞ!!」

・・・(^。^)「猫は透析をいたしません」(獣医さん)

ぼくは、何でも悪い方にとる好ましくない傾向があるにしても、

何も知らない健気な風太が不憫でならない。

 

さて、ようやく写真の話。

夕飯を食べ終えた風太は、

いつもなら人間の食事を求めてうろうろするはずなのに、

ひとり、天井裏に上って、絶対人間の手が届かないところに身を潜めたまま。

もう、1時間はそこにじっとしている。

ちょうどこの時間、

また、リュックに詰め込まれることを想定し、

「ぼくはいかないよ!」

必死の抵抗の意思表示をしているいじらしくも頼もしい風太。

シャッタースピードが3秒以上あったのに、

レンズを見据える風太はほとんど身じろぎもしていない。

学習し、行動する一途な風太がますます好きになったよ。

100913_181251cc.jpg昨日の空。

うだるような夏も終わった。

大学からわずかな距離を高速でぶっ飛ばし、

名古屋インターで降りるとき、

西の空にきれいなちぎれ雲が筆で描いたようにいくつか点在していた。

上空は濃紺の空、

そこから地平線にかけて、グラデーション状に明るく淡い色になっていく。

すでに地平線に沈んだ太陽が、

斜めに大気圏をかすめ、

乾燥した空気中に浮かぶ雲をピンクに照らし出していた。

路肩に車を止め、

携帯電話のカメラで車中から撮った。

手ブレに気をつけ、撮りたいものを見失わずにシャッターを切れば、

レンズの性能、画素数の粗さは否めないが、

携帯も、それなりの威力を発揮する。

その後、瞬く間に(十秒足らずで)、ピンクと青の対比は消滅、

全体が鈍い色調に変わっていき、夜の帳が下りた。

イーグルスの『ホテル・カリフォールニア』のLPジャケットのカバーを思い出したよ。

こんなきれいなところに住んでいること、

普段忘れちゃっているよね。

名所、旧跡、観光地まで行かずとも、

日常のさりげない時間のなかに、突如、驚くような世界が出現する。

DSC04873cc.jpgアクロバットふう

 

風太は車の艶だし用ミトンが大好き。

遊んでほしい時には、

おもちゃ箱から探し出し、

咥えてやってきて、

足元にぽとりと落とす。

「投げて?」

とさりげなく催促するが、

声を出したり、触ったりはしない。

控え目なところが、いじらしい。

ブーメランのように、

ミトンに回転を加えて宙に放り投げると、

空中で捕獲する離れ業を見せてくれる。

得意技の一つ。

すさまじい勢いで空中に舞い上がる。

その高さ、1m20~30cmはあり、

時に、体を宙でくねらせたり、

体勢によっては着地前に宙返りをすることさえある。

たまたま、今日は撮影に成功。

人間のベッドは、

風太の遊技場、休憩所、そして、ときどきは寝台でもある。

ま、仕方ないか。

猫を飼うとはこういうことでもある。

それがまた楽しい。

冬になれば、当然とばかりにもぐり込んでくるからね。

DSC04701cc.jpgクマゼミが消え、

ミンミンゼミとアブラゼミが消え、

いま、ツクツク法師(ボウシ)がないている。

京都でこの夏最高の39.9度、

異常な気候が続いているが、

自然界の生き物は自らの役割を果たし、

寿命を全うして、

何事もなかったかのように、

この世から消えていく。

あまりにあっけない命、

ふと、

あの世に帰ったのかとも思う。

夜、

外気は何度か知らないが、

秋の虫の声が響き渡り、

季節がめぐっているのを感じる。

多少の異変はあっても、

地球が人間はじめ、多くの生き物が生命を謳歌できる環境であってほしいな。

天文学的時間の流れでは、

やがて、太陽は膨張し始め、

地球は生命にとって過酷な天体と化すことは明らかであるが・・・。

風太は、ぼくが画集から図版を写真撮影していると、

何気なく近くに横たわり、

取り立てて目的もないのに、

裏山の木々のなかに何かないだろうかと様子をうかがっている。

秋の気配を風太も感じているだろうか。

午後のなんでもない時間の流れ。

これも、また、いい。

100903_163924cc.jpg携帯で今日撮ったものです。

このごろ、風太は、

夜は寝室から最も離れた和室の

決まったところで明け方まで過ごすことが多くなった。

果たして、寝ているのか、

じっとしているだけなのかはよくわからない。

様子を見に行くと、暗がりで目を輝かせてこっちを見ている。

親離れし、自立する時間がだんだん長くなっていってくれるのは、助かるし、成長していくようでうれしい。

和室が気に入った理由は、実は、ある。

前にも書いたが、

網戸とサッシの隙間から侵入してきたイモリやムカデやその他の虫が、まず、登場するのが奥の和室なのである。

例のイモリ事件で味をしめた風太は、

何時間でも何日でも次の訪問者を窓のそばで待っている。

猛烈な勢いでがつがつ食事する風太とは全く別人である。

そうして、そこが、お気に入りの場所となったわけだ。

昨日、畳の上に羽だの脚だの、昆虫の部分が散乱していた。

やがて、本体が見つかり、ゴキブリであることが判明。

あの人間が恐れるゴキブリを、風太は仕留めたわけだ。

あっぱれ。

「自分に与えられた仕事?」を成し遂げた風太が、どことなく堂々として見える。

なぜ、今日は賞賛されたり、崇拝の目で見られるのか風太にはわからず、

きょとんとしている姿が、よけいに頼もしく見えた。