そのときの顔を写真に収めることはできなかったが、
横たわった姿勢を崩さず、まどろんでいる風太の顔は、
もう、子供ではなく、
分別のある立派な大人の顔であったのだ。
たった一年で、人間でいえば、高校生くらいまで成長するんだね。
ちょっと前に求めたことを、もう求めなくなっている風太を見ていると、
随分急いで生きているなと感じてしまう。
盛んに鳴いて訴える姿や、
訴えるときに人間の目を見てしきりにしゃべる顔は、
真剣そのものだから、
風太とぼくの間には、自分の子供とはまた違った類の絆が生じるだろうと思う。
人間の子は、成長するに従い、自立を目指す。
親は、それを見つめながら、やがて、子供は、巣立っていく。
親は、必要に応じて後押しをしてあげればいい。
猫は、そうはいかない。
この関係がますます濃厚になって、死ぬまで続くのである。
だから、猫や犬は飼ったら最後まで縁を切ることはできないんだね。
ぼくらから離れて、風太が野原や山林をさまよう姿や、
どこか別のところで他人に飼われている姿を想像することはできない。
ぼくらも風太もそれを望んでないし。
この写真は、うたた寝をする風太である。
まだ明けやらぬ早朝から、散々、「起きろ、朝だ、遊んでくれよ」と促すくせに、
人間が起きたころ、悠然とうたた寝を始める。
人間が起きてくれると安心して寝られるんだね。きっと。







