久しぶりですね。
忘れてはいませんから。
原稿の追い込みに気持ちの余裕がなく、
最近は深夜に及ぶサッカー観戦の影響もあったかも。
それは、しかし、ブログを更新しなかった言い訳にはならないよね。
さて、今日は、昨日大学で見たクロアゲハのことから。
日中、30度を軽く超えるキャンパスの石畳の上を、
羽が傷つき、ボロボロになったクロアゲハが、
パタパタ、ひらひら、
また、パタパタ、ひらひらと
上下しながら飛んでいたよ。
幼いころは、人間に嫌われる毛虫だった存在が、
華麗に変身し、黒い立派な蝶になった。
その蝶が、
それからいままでどこでどうやって生きてきたんだろうね。
もうじきに終わろうとしている自分の運命を知ってか、
知らずにか、
石畳から草の生えている方にゆらゆら飛んでいったよ。
人間の生命の時間の流れに比べたら
ものすごく早い時間が蝶を支配し、
時計の針はぐるぐる超スピードで進んでいき、
短い一生は終えていくんだね。
ぼくは、草むらに消えていく蝶の姿をじっと見ていた。
そのときに、ぼくの脳裏に、
昨日の出かけるときの風太の顔が、いや、視線が浮かんだよ。
4階の部屋からは駐車場に向かう人の姿が見える。
なんとなく、振り返ったら、
風太が、窓の隙間からぼくを見つめていた。
車に乗るまでずっと、身動きせずに、じっと見つめていたよ。
どんなに遠くに行っても見つめ合っている視線てわかるんだね。
お互いに、見つめ合っていることを確認できる。
ぼくの視力は0.7か0.8、
でも、風太が熱い目でぼくの方を見ているのがわかった。
帰宅時、夕方、見上げると、またそこに風太がいた。
じっと、ぼくを見ている。
見つめる目を通して伝わってくる、
一途な気持ちかな。むき出しの。
猫(動物)だから、それは偽らざるものであり、それゆえに、心を打つ。
今日は、もしやと思い、
カメラを持って出かけたら、
また、あの窓から、ぼくを見ていた。
いままでも、こうして見送られていることをぼくは知らなかった。
大きな景色のなかの、小さな窓の、窓の一番下から、
小さな顔が、こっちを見てる。
カメラで撮ったので、見てください。
上の方が、風太が見えるようにトリミングしたもの、
下は、全体図。
今日の帰りも、また、いたんだ。
しかし、ここが猫だね。
ぼくが帰っても、まだ同じように外の景色を見ていたよ。
イヌクンならば、尻尾振りながら、ワンワン吠えて、
お帰り!!と出迎えてくれるんだろうね。
さりげなく、あえて、気持ちを表に出さないで知らん顔。
そこに、
ホントはすぐに飲んだり食べたりしたいくせに、
わざと間を置き、
ぼくは、そんなに飢えてはいないよ、などという素振りをしながら、
気づくと、がつがつ牛乳を飲んだりしている、
本心を隠すことに美徳を感じている猫の性向を見たよ。
そこも、また、可愛い。