2008年5月に撮影。
いまは、石膏室で石膏像を描く学生の姿はほとんどいない。
時代の推移を如実に語っている。
もう、ぼくらは古代ギリシアやローマの規範から学ぶ必要性、必然性はほとんどないのかもしれない。学生や世の中の動向を見ているとそんな気さえしてくる。
だから、石膏室そのものが時代を遺す、遺産的存在のようにも映るが、
キャンパスのほぼ中央で、周囲を透かし、周囲を反射しながら、静かにそこにある。
さて、猫クン。
「せつこ」という名ではあるが、オスである。
何匹もの可哀想な猫クンたちは、
就任以来4年が経つなかで、
病気になったり、厳しい冬の寒さに耐えられずに、ほとんどが消えていったが、
就任二年目に、「登場した」この「せつこ」は、運よく、たくましく生きながらえている。
いま、満3歳を過ぎたところではあるが、
風貌、身のこなし方は、もう世間を知り尽くした立派な存在である。
すでに、その目の光や視線には、
孤独な寂しさは漂うが、ぼくらを通り越して遥か彼方を見据える深いものがある。
この写真に写った「せつこ」は、
満1歳を過ぎたばかりの、やんちゃな好奇心旺盛な子供猫だった。
人懐っこくて、得な性分だったよね。
この前見たときは、一時、太りすぎだった体も、幾分か細身になり、
悠然とキャンパスを歩いていたよ。
前にこのブログで載せた、
橋の上を歩いていた2匹の猫クン、
昨日、久しぶりに会ったよ。
まだ生きていたんだ!!!
2匹は仲良しで、その時も一緒にいて、
大学を清掃してくれている女性の後をついて歩いていた。
「ニャン、ニャン」と、甘えたやさしい声で鳴きながら歩いていた。
寒い冬を通り越せたので、とりあえず、もう1年は大丈夫そうだ。
生き物の存在の本質は、こころだね。
こころがはぐくまれていたら、
いつこの世からおさらばしても満足だ。
猫クンたちを見ていると、
ぼくはつくづくそう感じる。
さ、連休が始まる。
缶詰で原稿書きをするぞ!








