トップページ > 小林英樹ブログ
小林英樹ブログ

2010年2月アーカイブ

荘子

| トラックバック(0)

DSC02323cc.jpg「石膏室横の池の魚たち」で最後に「荘子」の話を紹介した。その後、記憶を確かめるために、札幌から持ってきた段ボール箱を開き、『荘子の哲学』(大濱皓・勁草書房)で確認してみた。

すこし、ニュアンスが異なるので、そのまま引用します。

同書9頁「序言」より。

「荘子と恵施が濠という川の橋の上を逍遥したときの会話である。

荘子・・・白魚が水面にでてきて、いかにもゆったりと泳いでいるではないか。あれが白魚の楽しみなのだ。

恵子・・・君は魚ではない。魚の楽しみなどわかるものか。

荘子・・・君は僕ではない。僕には魚の楽しみがわからない、ということがわかるものか。

恵子・・・なるほど僕は君ではないから、確かに君のことはわからない。君はたしかに魚ではないから、君に魚の楽しみがわからないのはたしかだ。

荘子・・・根源にたちもどろうではないか。君は〈おまえにどうして魚の楽しみがわかるものか〉といったが、そのときすでに、僕がわかっていることを、君は十分知っていて僕にたずねたのだ。ぼくはこの川のほとりで、その道理がわかった。(秋水篇)」

 

荘子の地平は広大だ。

「生を説(よろこ)ぶを知らず。

死を悪(にく)むを知らず。

(荘子、大宗師篇)」

そう、生きていることと滅びてゆくことはそもそもひとつだし、もともと無の海の上に、たまたまぼくらはかたちを有して浮かんでいるだけだ。

高校時代から浪人中、ぼくは老荘思想に安堵感を覚えた。

 

写真は、近鉄奈良駅近くのアーケード街にあるお好み焼屋さん。

古美術研究授業に携わっているとき、同僚が教えてくれたうまい店。

「僕は君ではないから、それがうまいことに同意できない。」

なんてこと言っていないで、奈良に行ったら一度食べてみてね。

それはそうと、ぼくは、同僚がうまそうに食べるのを見て、

デラックスモダン焼きではなく、そば玉にすればよかったと後悔した。

そばのかたいかみ心地と、ソースに絡まれたそばの組み合わせがよい。

DSC01053cc.jpgのサムネール画像春近い暖かな日差しの午後、

ふうたんはあくびをしたり、

のびのびして、

くつろいでいる。

もうこの家はぼくんち(の家)だからね。

ふうたんの故郷。

くま姐さんも冬の日中はよくここで何時間も日向ぼっこをしていたよ。

ぼくがこのごろ帰りが遅いので、

ぼくの帰りを待ちかねていたふうたんは、

帰るとすぐにぼくに顔を寄せてきて、

寂しかった!というしぐさをする。

徐々に運命共同体の一員であることが、

以心伝心、互いにわかってきたみたいだ。

 

妻が、「ごはん」という言葉を猫語でしゃべらせる訓練をしているらしい。

道産子の妻には独特のアクセントがあり、

「は」が強く発音されるのだが、

ただ彼女が「ごはん」と言うと、

「ニャーン」というだけなのだが、

なんとなく、「ごはん」に聞こえないこともない。

だが、耳の錯覚だろう。

しかし、不思議なことは、

「ごはん」と言うと即座に「ニャーン」ということだ。

もしかしたら、「それがほしい」と訴えているだけかもね。

 

補足追記:

これを読んだ妻が、

「いや、絶対にそう発音している」と言っていたので、参考までに。 

DSC01027cc.jpg前にも似た写真を載せたね。

仕方がない。

それは、ふうたんが食いしん坊であるからだ。

ぶた口(なんでも食べられる人)であると同時に、美食家である。

まさに、DNAこそつながっていないが、

その点は、ぼくに似ている。

 

ふうたんは草食系男子でもある。

普通、猫は野菜や果物を食べない。

猫は体内でビタミンCを作れるからわざわざビタミンCを摂取することはないらしい。

 

 

猫には、収穫物を飼い主の目の前に差し出して報告する習性がある。

自分も立派に仕事をしていると言いたげだ。

ふうたんは、おととい、

シンクにあった食べ残しの生の大根の細切りをくわえてきて、

ぼくらの前で、ぼりぼりと音を立てて食べていた。

こっちはただまんまるい目をして見ていたのだが、

一本食べてケロリとしていた。

「ぼくにだって大根くらい食べられるよ」と誇っているのだろうか?

ぶどうパンを与えるとパンだけ食べて干しぶどうは残すという話を聞いたが、

ふうたんは、干しぶどうごとぺろりっと食べてしまう。

しかし、大根や干しぶどうでは驚かないかもしれないね。

今日は、妻の目撃によれば、

生の白菜の芯を食べてしまったらしい。

リスがドングリを抱えて食べるような格好で、

すなわち、二本の足で立ち、両手で白菜をつかんで食べていたという。

その量もさることながら、

食べだしたら最後、躊躇したり、途中でやめたりせずに、

一気に食べ尽くすすごさがふうたんにはあるのだ。

目測も立てずに、突然、突っ走るところは猫クンたちの特性だが、

ふうたんにはその傾向がさらに強く、都会に放りだしたら、

1時間もせずに、あの世行きだろうね。

獲物を狙うワニのように辛抱強く長時間身動きせずにいるかと思えば、

何も考えずに軽率に突進する。

なんか、自分のこと書いているみたいだからこの辺でやめとこうかな。

最後に・・・、

ふうたんは、なおかつ肉食系でもあるんだけどね。

だから、草食系男子のように、淡白で、執着心がなく、あきらめも早いタイプではない。

いや、その正反対であるのだ。 

003.jpgのサムネール画像

美術学部には小さな池がある。

そこには鯉がいる。

春先になると新しい命が生まれ、稚魚たちが群れをなして元気よく泳ぎ回っている。

水底は浅く、コンクリートで覆われているため、魚の環境としてはあまり好ましくない。

なぜなら、自然が遮断されているために食物連鎖のもとになる微生物が生息しにくい。

よくいえば、水が澄んでいるために底までよく見通せるとなるが、

何といっても魚の餌になる微生物に集まる生き物をはじめ、

水草やもろもろの有機物がほとんど認められないのは可哀想である。

去年、秋の芸術祭(大学祭)に、ここの魚を一匹つかまえ、

随分離れたアトリエの流しに期間限定で泳がせた油画専攻の学生がいた。

彼が意図したものは定かではないが、とりあえず、広義の作品である。

身を拘束され、慣れない小さな四角い流しに移された魚は、

じっと動かず、流しの中央で尾ひれ背びれをわずかに動かし、

バランスをとりながら、ひたすらパクパク口を開け閉めしていた。

芸祭も終え、無事、故郷の「大海」に放たれたと聞き、一安心。

大して広くもなく、深くもなく、あまりよくない環境とはいえ、

小さな水槽に比べれば、そこは魚たちにとっての宇宙でありすべてである。

 

あるとき、荘子は友人と二人で川のほとりにさしかかり、

泳いでいる魚を見て「随分楽しそうに泳いでいるじゃないか」と言うと、

友人は、「きみは魚じゃないのに魚の気持ちがわかるのかい」と返す。

荘子は「きみはぼくがそう言ったとき、ぼくの言ったことの意味をちゃんとわかっていたよね」

二人の会話はここで終わっていたと思うが、たしか、概略はそうだ。

ぼくも魚ではないので分からないが、魚は与えられた場で、

悲観も落胆もせず、楽しそうに泳いでいるように見える。

とくに、自在に泳ぎ回る稚魚たちは生を謳歌しているようだ。

100212_160849.jpg今日、帰宅途中、車道で轢かれて横たわっている猫クンを見た。

なんで、素早く用心深い猫クンたちが、いとも簡単に車と衝突してしまうんだろうね。

 ①わが道のみ見据え・・・わが道をゆく、

 ②他を顧みない・・・側面から接近するものに無頓着、

他の理由は見当たらないが、猫クンたちの特性、落ち着き払った様、それが自らの命を失う欠陥となるのかも。

こういう光景を何度も見ているからこそ、人はわが家の猫クンが表に飛び出ることを恐れるのだ。

まだ車がないのんびりとした時代なら、これほどまでに過剰な注意は不要だろう。

人(猫)格をもち、家族の一員である個性的な猫クンが、突如、死の宣告を受けることに対し、やるせない気持ちになるよね。

家族はさぞかし悲しむであろう。

世界中の猫クン、左右をよく見て車道を渡ろう!

 

この写真は、数日前、大学の研究室(アトリエ)から携帯で撮ったものである。

西に、筋状の雲が伸び、その向こうには、間もなく沈みそうな太陽が輝いていた。

シャッターを切ったら、なんと、最も明るいはずの太陽が真っ黒。

前任の大学の工学部の先生に尋ねたら大体その理由がわかった。

データの処理、それは難なくときにシュールな光景を作り出してくれる。

猫クンの不慮の死に対し、喪章のような黒い太陽。

DSC01037cc.jpgぼくの生活にはいくつかの局面がある。

1、執筆・研究

2、絵画制作

3、大学教員

4、私生活

5、ふうたん

6、その他。

この時期は入試などで何かと気が抜けない。しかし、授業がなくなった分、大学では、絵画制作にかかわれる。あれこれ画材の相違に基づく効果の試験を行っている。

DEEDS of COLORSにおいては、むしろ、二義的要素であるが、いま、なぜか、顔料を溶く溶剤について興味がわいている。粉末の顔料を並べ、膠、テンペラ、天然樹脂、合成樹脂、油(とくに、難しいといわれているスタンドオイル)、アクリルのマット・メディウム、そして下地についてもあれこれ試している。案外、DEEDS of COLORSの延長線上に、すっぽり収まる感じもしている。

試験的に作ったものではあるが、なんとなく見ていて飽きがこず、玄関の壁の絵を掛け替えてみた。

Image234.jpgこれはふうたんではない。

などと書かなくてもわかるか。

しかし、急に変貌を遂げることも

世の中には、なくはないので・・・

ぼくの家で子猫(ふうたんのこと)をもらい受け、

いざ育てようとしたら、

じゃれ合う兄弟も

甘える母親もいなかったためか、

甘噛みができず、

強く噛むことがあったり、

舐めることをせずに、

やたらに噛みたがったり、

突然、魔性を前面に出し、

攻撃的になってかかってきたりして、

ぼくが自信を喪失しかけていたとき、

オスのペルシャ系子猫の飼育で手を焼いた経験がある友人のAさんから

激励?のメールをもらったことがあった。

アドバイスをいただくこともないまま月日は流れ、

どうにかこうにかふうたんは「おりこうさん」になっていった。

というよりも、ふうたんとの付き合い方をこちらが見いだせるようになってきた。

ふうたんのブログを時折のぞいてくれているAさんから、

最近、添付つきのメールが届いた。

(Aさんの許可を得たので、その部分を掲載します。)

「たぶん、ふうたんとロンがコンビを組んだら、大変なことになってしまうと思います(笑)。

もしかしたら、似た者同士で、ケンカが絶えないかもしれませんね。

ふうたんは、なかなか食いしん坊のようですが、

ロンも昔は食い意地が張っていましたが、

今では魚はマグロとフグしか食べません。

好物は、いつもとは違うカリカリのペットフードです。

この写真は、フランス語の辞書に載ってしまった、

まるで哲学者のような姿のロンです。

全然かわいくないんですけどね。

ぜひ、機会があればロンをブログで紹介してくださいね。」

たしかに、一般的な言い方をすれば、かなり可愛くはない(^。^)

でも、見ていると味わいがあり、Aさんのいうように風貌は哲学者である。

ふうたんとは明らかに格が違う。

ロンはいまは14歳くらいだそうだが、

いまだに手に負えない悪さも時々するという。

人間の居住空間で縦横無尽に野生的行動をされ、

この面構えで、「なんか文句あんのか」という眼付でにらまれたら、

思わず引いてしまうだろうね。・・・迫力満点。

ふうたんのような「美系」にはない深奥な雰囲気には、

畏敬の念をともなった魅力があるかも。

 Aさんがどのくらいロンを可愛いか想像ができそうだよ。

大先輩のロン兄のこと、ありがとう。 

DSC01019cc.jpg久しぶりにブログを書きます。

 

トイレの排水時の渦巻き、

水が吸い込まれていく様子など、

水の作り出す諸現象に興味があったふうたんは、

いつのまにか、進化?してきている。

最近では、バスタブの外側に立ちはだかり、

最初はひじから下だったものが、

いまでは両肩まで湯の中に入れ、

ジャブジャブやって遊ぶようになってきた。

湯の中に隠れているひざっこぞや腕などに触るために、

深々と腕を湯に突っ込むのだ。

おかげで、胸や腹、背中までびしょぬれである。

ただし、よいこともあるよ。

用を足した後のトイレ掃除をする猫クンの手足は汚れやすい。

その都度、気づけば、濡れ雑巾で拭いてあげているが、

なんといっても、毎晩自発的に風呂場に来てくれるので、

手足はいつもきれいである。

 

この日は、トイレに侵入し、

トイレットペーパーを滅茶苦茶にしてくれた。

格好の被写体ができたとはいえ、

トイレットペーパーは台無しである。

こら!と叱った後、ふうたんに罪はない、と言い聞かせ、

せっかくだから、アーティストに見えるようにカメラに収めたよ。

 

 

DSC00992.JPG

 

今日は2月11日、ぼくの父親の命日。

亡くなった人は、

まさか、いまこうしてぼくが名古屋に住んでいて、

ふうたんという猫クンを飼っているなんて想像もつかないだろう。

ぼくの父親は、実は、歴(れっき)とした獣医、

家系図によると、室町のころから数えて、親父で14代目だったとか。

江戸時代は名主(地主)をやりながら、牛馬を専門に診てきたらしい。

親父はぼくに継がせる気もなかったらしく、

親父の代で、この職業は途絶えてしまった。

 

さて、ふうたんは、今日驚くべきことをやってのけたよ。

夕飯の後片づけがはかどらないと、

妻が寝室にふうたんを閉じ込めたのだが、

(たまたまぼくはそこで日本・香港戦を観ていた)

出たがって、

最初は扉をカリカリやったり、鳴いて訴えていたが、

しばらく、下から上を見つめているうちに、

ついにジャンプしてドアノブにぶら下がり、

扉をあけることに成功してしまったんだ。

噂には聞いていたけど、

ジャンプ力だけでは出来ない技をやってのけ、知能犯としての才能を発揮してくれた。

そのことに対しては、素直に、おめでとう!よくやったね!とほめてあげたいが、

この技を使えるようになってしまうと、寝室に閉じ込めても効果は上がらない。

あまり狭い所に閉じ込めるのもかわいそうだし、対策を講じないとね。

 

ふうたんは、食欲が旺盛である以上に、

ありとあらゆる食物に関心があり、試食しようとする。

猫は雑食だから、基本的に果物以外なんでも食べることは知っているが、

ふうたんはそれに輪をかけたように果敢に挑んでくる。

今日は、友人のお土産,川越名物の紫芋羊羹をぺろり。

その前に、いただきものの、もったいなくて冷蔵庫の奥にしまってあった

食べ残しのチーズ、パルミジャーノの小片などは、無我夢中でかぶりついていた。

この写真、流し(シンク)の上のカウンターに置いてある食器についた

わずかな残り物にも興味を示すふうたんであります。

・・・最初の決意はどこへ行ったのか?

という批判や疑問があることはわかってはいるものの・・・(^。^)ぼりぼり

DSC00487cc.jpgおつかれさま。

このところ訪問客が多くて、戦々恐々。

でも、安心していいんだよ。

袋にくるんで持ち帰られることはないから。

そういうことがわかるにはまだまだ時間がかかるのかな。

訪問客は、しかし、大きな刺激、

外の見慣れない空気を持ち込んでくれるし、

いつも接している人間以外にもいろいろな人間がいることを教えてくれるからね。

好奇心が旺盛なふうたんは、

くま姐さんのように、そのうちに、

「みなさまいらっしゃいませ、

大したもてなしはできませんが、

どうぞごゆっくりしていってください」と、

おもむろに客を迎えてくれる日が来るんだろうね。

くま姐さんはそのタイミングを見計らうのがうまかった。

そのあと、お客のカバンや上着の匂いを嗅ぎまわるなど、

じっくり訪問客を満喫する。

DSC00838cc.jpg

 

多少?の手ぶれがあるが・・・

ふうたんはアフリカ、アンゴラにいる2mほどもジャンプし、

すばやく獲物を捕らえる猫の血をひいている。

鳥だろうと小鹿だろうと情け容赦なく襲いかかり、

狙ったものは逃さない俊敏さと「残忍さ」はふうたんにも伝えられている。

弱肉強食の世界にはそれなりの節度とルールがあるわけだから、

残忍と表現するのは間違っているのかも。

しかし、殺戮にはほど遠いが、

ふうたんには、突如、野生が目を覚まし、

つきものにでも付かれたように、自分を律することができずに、

野生に支配されるときがある。

この写真もそういうときのふうたん。

その瞬間は、

ペットとしての顔から獲物に襲い掛かる「冷血な」野生猫と化す。

それは、しかし、いたしかたないだろう。

すくなくとも、ふうたんのせいではない。

野生でありながら、生まれ落ちるとすぐに、

否応なしにペットとして扱われ、

人間社会に馴染むように仕向けられているだけで、

猫からすれば人間どもに繰り返し同じことで叱られながら、

すさまじいほどの自己否定と変革への努力を強いられるわけだ。

ふうたんも、徐々にお利口になり、

野生を眠らせ続けられるようになっていきつつあるのだろうか。

そういう変貌を遂げられるからこそ、

猫クンたちはペットとして人間に愛されてきたのだろうけどね。

大昔、野原に残されていた子孫であれば、

ふうたんはいまごろサバンナの草原を駆け回り、

逃げまどう野鳥を空中捕獲し、ぺろりと平らげていたのだろう。

そういうふうたんが一方にいると思うと、

ちょっと可哀想な、すこしよかったような気持ちになるね。

DSC00196cc.jpg今朝はこの冬一番の冷え込みらしい。

ふうたんはいつも6時前後に起こしてくれる。

朝ご飯(ドライフード)を食べ、もう一度布団の中に戻ってくる。

 

着任して二年目の春、

何組かの捨てられた子猫十数匹が心細そうな顔してキャンパスの一角に身を寄せ合っていた。

学生が中心になって好意的な獣医さんに格安で避妊手術をしてもらい、

さらに学内に不幸な猫が増えることは避けられたが、

一年経ち、二年経つうちに、徐々に姿を消し、

いまは、節子(せつこ)という猫だけが生き残っている。

周囲が奥深い山林のため、猫クンは本能的に死期を察すると山中に消えていく。

みな、ふうたんみたいにやんちゃで甘えん坊でいたずらっ子だったはずなのに、

捨てられてくる猫クンたちは、

どれも、人間を警戒し、恐れ、

人に抱かて甘えたり、温かい布団やこたつにもぐり込むこともできずに、

今朝のような寒い冬空、寒さをしのぐこともできずにこごえ、

体を温めることもできずに、体調を崩し、

山に消えていく運命をたどる。

ぼくは、彼らを見つめることもできず、

ときおり「くま!」と声をかけてあげるくらいが精いっぱいだった。

猫は野生というけど、

人工的空間である大学キャンパスと食料の乏しい周辺の山は

野生をはぐくむには無理がある。

広いこと、学生がいることなどの理由で、

困った人間が子猫を捨てに来るのだろうが、

大学は子猫を捨てる場ではない。

この写真の猫クンたちは、去年の秋に撮ったものだが、

この二匹は、子猫からここで成長したものではない。

大人になってから人間の事情で捨て去られたものである。

黒い方の猫クンは、最近、姿を見ないな。

二匹は、掃除の方々になつき、

えさを求めて彼らの後を「ニャン、ニャン」と甘えた声を出しながら追っていく。

池にかかる橋の上で、

この日も二匹は戯れながら彼らの後を追っていた。

つかの間の人生(猫生)、つかの間のしあわせ?

この寒さじゃ、もう一匹もこの冬を越せるかどうか。

「もう、ぼくらをここに捨てにこないでね。(猫一同)」

DSC04275cc.jpg講義棟は愛知芸大の象徴的建物である。この講義棟で学び巣立っていった学生は一万人近くいる。それはそのままこの大学の歴史であり伝統であるが、創設当初小さな苗木だった木々はいまでは立派に成長し、周囲に個性的な枝を張りめぐらし、愛知芸大に風格を添えている。授業を受け、教室から出て、二階の通路を通り、階段を下りるところに、ロダン作、バルザックと出会える一角がある。西日が当たり鮮やかに色づく新緑の5月、等高線に沿い緩やかな曲線を描いて音楽棟に通じる道、ブロンズのバルザックはこちらを見上げ語りかけているようでもある。

いまから40年ほど前、ぼくはたった一回だけ愛知芸大の油画専攻を受験したことがある。そのころの受験生は団塊の世代で厖大であり、実技試験のためにこの講義棟までもが使われていた。ぼくは、一次試験「素描」で、一番南の教室の南の隅の席に座り、「ギリシア婦人(パジャント)」を描いた。この講義棟に入ると、その時の記憶がよみがえってくるが、愛知芸大の教員としてデジカメを抱えてキャンパスを歩き回るとき、巡り巡ってなぜかいまここに立つ自分がいる不思議さを感じる。

DSC03970cc.jpg大工房を背にして、石膏で模(かたど)った菩薩がたたずんでいる。菩薩は薄暗い物置場の片隅で、逆光に白い端正なシルエットを浮き上がらせている。この菩薩との遭遇、ぼくがこの大学に着任したときの新鮮かつ衝撃的出会いのひとつである。これはその頃の写真である。

本来設置されるべき寺とは無縁の場所に収まった菩薩の姿は、それが石膏の複製であったとしても、いや、そうだからこそ、胸に染み入るものがあった。像が漂わせている「表現力」とでもいうのだろうか、物置場という設置される空間に規定されながら、逆に空間に働きかけ、そこに双方で収まりのよい新しい出会いの場を作り出す。菩薩は、だから、通路わきの物置場であっても、内向的でありながら、確かに仏教的慈しみの世界を具現している。

白鳳なのか、天平なのか、そんなことすらわからず、密かな楽しみを抱き、菩薩を横目にしながらあの暗い通路を歩いていたが、いつか、気がつかないうちに、ほかの場所に移されてしまい、そこは殺風景になってしまった。残るのはわが内に刻まれた残像だけだが、それがまた無常観を助長する。

2006 11 21 009c.jpgふうたんはわがもの顔で名古屋の小林家を駆け回っていて、

ますます猛威を振っているが、

はたして、ふうたんはいろいろな意味において、

くま姐さんを越えられるのか?

 

このところ、

ブログをお読みのみなさんは随分ふうたんはおりこうさんになってきた、

そう思われるかも知れませんが、とんでもない!!!

興味のありどころが徐々に変化し、

以前関心があったことが薄れる半面、

質的転換を遂げ、激しさを増してきている。

たとえば、ゴミ箱を全部ひっくり返し、

中身の総点検、

食器洗いのスポンジをほとんど等分割にして床に放置する。

その片々の数、数十個。

ストーンヘンジか現代美術のまねごとか。

押すと開く扉はことごとく開け、

中に隠しておいたビニル袋入りのドライフードを食べてしまう。

食器洗いの最中、流しに降りて、

びしょぬれになることなどはいとわず、

何かお目当てがあるのだろうが、

うろうろ邪魔をして仕事が全くはかどらない。

熱い湯が出ても、かなり平気。

片付けがこうだから、食事の用意は、推して知るべし。

また、こっちが譲歩するのに比例して、

かんきつ類(くだもの)を除く人間の食べるものすべてに爛々と目を光らせ、

肉食動物が獲物を襲う時の目で、

人間の非力な制止など無視して食卓上を突撃してくる。

最近では、どうも、なついているというよりも、

すべて見透かされている感じすらする。

人間様を喜ばせる手法も、かしこい猫はわきまえているのかもね。

 

さて、くま姐さん。

彼女は去年6月、19歳で他界したが、

生前に出会わせ、ふうたんを調教してもらいたかったとつくづく思うよ。

とにかく、かしこさでは天下一品、

脚の長さは半分くらいしかなく(それがチャームポイントであったとしても)

典型的な和猫ではあったが、

運動神経は相当なもので、もらわれてきたときには、

レヴェルはふうたんとどっこいどっこいだったらしい。

女性特有の嫉妬心や執念深さにおいてはふうたんは足元に及ばない。

その点だけは楽、薄情と言えないこともないが・・・

 

くま姐さん。

亡くなる時、妻は友人数名と格安韓国ツァーに行っていた。

死期が近づくのがわかった妻は最後まで迷っていたが、

ついに、すべてをぼくに託し、天に祈りをささげて出かけて行った。

ところが、容体は急変。

トイレにたどり着けず、

部屋や廊下でおしっこを漏らしてしまうようになっていたくまは、

水も飲まなくなって3日、

それでも必死で頑張っていたが、

おしっこをしたままその上にぐったりとうつ伏せになっていた。

終わったかと思ったが、まだ生きていたよ。

そこいら中にタオルやペットシーツを敷き詰め、

部屋の中央に寝床用の座布団を敷き、

その横にぼくの布団を敷いた。

容体の急変を知らされた妻は、急きょ、韓国から飛んできたが、

中部国際空港に着いた時には、ほとんど息絶え絶えだった。

間に合わないかも、そう諦めていたが、

彼女の帰宅に気づくと、

なんと!!!

瞳孔が開ききってしまったくまは、うつろな目で、

すべての余力を振り絞り、

のそっと立ち上がり、

「お母さん平気だから!」

というそぶりをして見せた瞬間、ばたっと倒れ、

それから朦朧とした時間を過ごし、

数時間後の真夜中、

ぼくらがうたた寝しているときに座布団の上で静かに息を引き取っていたよ。

まだ温かった。

 

まとまらない文章になっちゃったね。

写真の箱と同じ箱、同じ毛布の上で、

ふうたんはかすかに残るくま姐さんのにおいを嗅ぎながら、

何事もなかったかのように昼寝をしていたりする。